97.

話を続けようとするとき、とりあえず下手に出て過剰にバカなふりをする癖を治したい。

 

向こうにサービス精神がない場合、予想以上のマウントをとられてボコボコに殴られてしまう。その度に毎回、嫌な気持ちになる。スパーリングって聞いていたはずなのに話が違うよ。

 

沈黙に耐えられるどっしりとした人間になりたい。

95.

NHKクローズアップ現代+」を観ていたら、元巨人の桑田真澄がコロナ渦でインハイや高校野球の大会が中止になったことについて語っていた。

 

司会のアナウンサーからの質問に対して、桑田は流暢に説得力のある言葉でレジェンドならではの意見を述べていた。ただ、最後のまとめコメントとして発した以下の言葉が気になった。

 

「これは本当に悔しいことだと思います。ただ、長い人生で考えた場合、この経験は中学生は2回の裏、高校生は3回の裏と野球で例えるのなら言うべきでしょうか。まだまだ先は長い人生ですので、この経験を踏まえてこれからの人生を歩んでいってほしいと思います」

 

なぜ、桑田はすべての人間が9回の裏まで人生を全うできると思ったのだろうか。

 

志半ばに人生の歩みをやむなく止めてしまう人もいるだろう。まだまだ6回の裏だと思っていても、途中で雨が降ってコールドゲームで負けてしまう人もいるはずだ。

 

なぁ桑田よ。人生はいつも最終回だろうよ。毎秒毎秒が最終回じゃないのか。恐らくイニングに例えるのは間違えているぞ。

どうしても野球で例えたいのならまだ1アウト、2アウトで行った方がピンとはこないが、言いたい意味には合ってると思うがどうだろうか。

 

94.

自分を褒めてやりたいシリーズ①

 

「いらだちだー」

 

中2の合唱コンクールを控えていたある日、その週に自分の掃除区域として割り振られていた2Fだか3Fだかのトイレを友達と一緒に掃除していた。

 

一緒に掃除していた友達のなかにはタチカワというお調子者の奴がいた。その日のタチカワは幾分とキマッており、ホースでトイレ全体を水浸しにして喜んでいた。自分も含めて周りの友達は爆笑した。

 

するとそこへ、普段は音楽教師をしながら放課後にはトイレ掃除チェック担当も兼任する大忙しのムラオカ(男)という先生がやってきた。

 

トイレから聞こえるはずのない、あり得ないくらいの笑い声におそらく違和感を感じたのだろう。なかなかの勢いでトイレにきて怒り始めた。

 

ただ、ムラオカは怖くないのが難点であった。

 

いくら激怒してきてもタチカワはヘラヘラしていて全く悪びれる様子がない。

それを見ていた自分も正直、あまり恐怖を感じておらずヘラヘラしていた。

 

「わかってんのかよ〜!!」と持ち前のテノールを見せつけながら激怒するムラオカ。

 

それを聞いた自分は思わず、合唱コンクールの課題曲である、谷川俊太郎「春に」における以下の一節を思い出した。

 

枝の先のふくらんだ

新芽が心をつつく

喜びだしかし悲しみでもある

苛立ちだしかも安らぎがある

憧れだそして怒りが隠れている

心のダムに堰き止められ

よどみ渦巻きせめぎ合い

今あふれようとする

 

自分はどうしても我慢できず、その状況を一言で表す歌詞を勇気を出して声に出してみた。

 

「いらだちだー」

 

タチカワも周りの友達も爆笑した。

 

するとムラオカもこらえきれず笑った。

 

あの時は嬉しかった。ノックアウトした。

 

ただ、もし自分が教師で同じことを生徒がしてきたら、場合によってはかなりムカつくと思う。

 

ムラオカの器の広さに感謝したい。

93.

社会人を2年やって気づいたことがある。

 

それは余計なムーブはなるべく避けた方が良いということだ。

 

中途半端な正義や些細な気遣い、多少の気掛かりや心のモヤモヤをほんの出来心で周りと共有しようとすると、思わぬ痛手を負うことがたまにある。

 

気になることを随時、周りの誰かに報告しても自分の想定している理想的な答えが返ってくるとは限らない。黙ってやり過ごすことも時には大切なのかもしれない。(まあ時と場合、人によるのだろうけれど)

 

これは特に空気を読まなくても生きていけるような一部の特殊な人間でない限りは重要なスキルの一つだと思う。

 

少しでも自分の心の負担を軽減しようとしてもロクなことは起きない。自分の内で留めておいて余計なムーブは控えた方が効率良く進む物事は確実に存在する。