94.

自分を褒めてやりたいシリーズ①

 

「いらだちだー」

 

中2の合唱コンクールを控えていたある日、その週に自分の掃除区域として割り振られていた2Fだか3Fだかのトイレを友達と一緒に掃除していた。

 

一緒に掃除していた友達のなかにはタチカワというお調子者の奴がいた。その日のタチカワは幾分とキマッており、ホースでトイレ全体を水浸しにして喜んでいた。自分も含めて周りの友達は爆笑した。

 

するとそこへ、普段は音楽教師をしながら放課後にはトイレ掃除チェック担当も兼任する大忙しのムラオカ(男)という先生がやってきた。

 

トイレから聞こえるはずのない、あり得ないくらいの笑い声におそらく違和感を感じたのだろう。なかなかの勢いでトイレにきて怒り始めた。

 

ただ、ムラオカは怖くないのが難点であった。

 

いくら激怒してきてもタチカワはヘラヘラしていて全く悪びれる様子がない。

それを見ていた自分も正直、あまり恐怖を感じておらずヘラヘラしていた。

 

「わかってんのかよ〜!!」と持ち前のテノールを見せつけながら激怒するムラオカ。

 

それを聞いた自分は思わず、合唱コンクールの課題曲である、谷川俊太郎「春に」における以下の一節を思い出した。

 

枝の先のふくらんだ

新芽が心をつつく

喜びだしかし悲しみでもある

苛立ちだしかも安らぎがある

憧れだそして怒りが隠れている

心のダムに堰き止められ

よどみ渦巻きせめぎ合い

今あふれようとする

 

自分はどうしても我慢できず、その状況を一言で表す歌詞を勇気を出して声に出してみた。

 

「いらだちだー」

 

タチカワも周りの友達も爆笑した。

 

するとムラオカもこらえきれず笑った。

 

あの時は嬉しかった。ノックアウトした。

 

ただ、もし自分が教師で同じことを生徒がしてきたら、場合によってはかなりムカつくと思う。

 

ムラオカの器の広さに感謝したい。