92.

自分は物事に対して意見をもつことが少ないと思う。

 

政治的事件や芸能スキャンダルなどが取りざたされたとき、基本的に一番最後に入ってきた意見が正しいと感じてしまう。

 

これは知識不足が大前提なのだけども、それを差っ引いても自分のこと以外はあまり興味がないのだろう。

 

何かどうしても受け付けないことはないかと考えた。どうでもいいことだが一個だけあった。

 

既存の熟語を変換させて特別な意味を持たせる表現が苦手である。

 

「親友」を「心友」、「必勝」を「必笑」、「一生懸命」を「一笑懸命」みたいに使う標語、スローガンを見るとスルーできない。

 

そのような言葉を使うセンスがなんか嫌だ。受け付けない。何を言ってるんだと思う。

 

嫌いな人間だとか風習だとか今の人間関係とかへの不満はとんでもなくあるのだけど、どっちでも良いことで気になるのはそれくらい。

 

 

87.

なぜか覚えている話シリーズ③ 

 

「腹筋・腕立て」

 

高校のハンドボール部の頃、練習の最後は「腹筋・腕立て」を100回ずつ行うことが決まっていた。

 

一通りの練習メニューをこなした後、顧問がボソッと「腹筋・腕立て」と呟く。それを近くで聞いた部員が「腹筋・腕立て!」と何の捻りもなくそっくりそのまま叫び、さらにそれを聞いた残りの部員達がこれまた何の捻りもなく、「腹筋・腕立て!」と言って、2人1組になり「腹筋・腕立て」を行う。

 

今考えれば幼稚園レベルの伝言ゲームではあるが、当時は何の疑問も持たずに毎日、サボることなく行っていた。

 

そして「腹筋・腕立て」をする前には必ず速攻練習があった。手前のゴールからキーパーがパスを出し、40m離れた向こうのゴールまでパスをつないでシュートを決める。それを20本連続で決めて、「腹筋・腕立て」を行い、一日の練習が終わる、という流れである。

 

この速攻練習が何よりも大変だった。理由は1本でも外すとカウントが振り出しに戻るというルールにある。極端な話、19本まで成功していても20本目で外してしまえば、また0まで戻ってしまうので、終わる時間が本当に読めない。だから速攻練習が終わって「腹筋・腕立て」のコールがコートに響き渡ったときは、みんなかなり疲れているし、めちゃくちゃ嬉しかったりする。

 

前置きが長くなったが、なぜか覚えているのは、テルヤという先輩が遅刻して練習に現れたときの話。

 

テルヤについては

73.(https://mtotkz.hatenablog.com/entry/2020/05/02/002717)でも少し、紹介しているが、自分の一個上の先輩で、ハンドボールはあまり上手くない。名前から分かる通り、沖縄チックな濃ゆい顔をしているにも関わらず、モブキャラというアンバランスな男であった。

 

その日、テルヤは講習で練習に遅刻して来た。高3になると、自分の高校では「特別講習」といって、希望した教科・先生の授業を無料で受けることができた。おそらく、テルヤも何かしらの講習を履修していたのだろう。遅れて練習に合流してきたのだ。

 

ただ、正直に言って、テルヤがいる、いないでその日の練習には何の影響も出ない。

むしろ、校舎から小走りでコートまで走ってくる様子を見て、今日、テルヤがいないことに気づかされるレベルの男だった。

しかし、その日だけは違った。

テルヤが現れたのが、練習メニューのラストである「速攻練習」が残り10本のところまで来た頃だったからである。

 

普通だったら帰っても良いところを、テルヤは律儀にやって来た。「いまごろ何をしに来たんだ」という空気がコートを覆う中、テルヤは急いで練習着に着替えてアップを始めた。

 

(書きながら思い出したが、テルヤはハンドボールは上手くないが、身につけているものだけはえらい上等なものばかりであった。サポーターやらウエアやらブランドものばかりを身につけては、よくいじられ、上手く返せずヘラヘラしていた。)

 

テルヤがアップを終えて速攻練習に混じろうとした頃、残りの本数は5本になっていた。

 

ラスト4本、3本と順調にシュートが決まっていく。いよいよあと2本のところまで来た所でコートにいた全員が一斉に気が付いた。

 

最後の20本目のシュートはテルヤが打つことになると。

 

3分前に練習に合流して来たテルヤが、何の因果かその日の最後を飾るシュートを打つ順番に並んでいたのだ。(個人的にはこの時点で腹がちぎれる程面白かった)

 

そして、ラスト2本目。レギュラーの先輩がキレイなシュートをいとも簡単に決めて、テルヤの番がやってきた。

 

持っていたボールをパス出し役の先輩キーパーに渡してテルヤは走った。

 

コートの1/3あたりで「ヘイ!」というテルヤ。「パスを出せ!」という意味なのだろう。ボールを要求する。

 

先輩キーパーは絶妙なスローをテルヤ目掛けて投げた。そのスローはテルヤの走る位置、角度、向かいのゴールとの距離、まるで全てを図ったかのような、絶妙なスローだった。

 

ボールをキャッチするテルヤ。

 

ステップを踏むテルヤ。

 

ジャンプするテルヤ。

 

振りかぶるテルヤ。

 

シュートを打つテルヤ。

 

 

テルヤは外した。

 

みんなの夢を乗せて放たれたテルヤのシュートは物の見事に1年生キーパーによって阻まれた。

 

「バチっ!」という生々しいボールを弾く音のあと、コートは一気に静まり返った。

 

本当に本当に面白かった。

 

それは、周りの先輩、同期、後輩をみても同じだった。みんな笑いをこらえていた。

 

そして、テルヤがシュートを外して、またラスト20の振り出しに戻ることが決まったとき、

聞こえるはずのない「腹筋・腕立て」という声が聞こえた。顧問の声だ。

 

顧問は涙を流し、笑っていた。

 

それを見て、コートにいる全員で爆笑した。

 

ただ一人、テルヤを除いて。

 

その日、テルヤはシュートを1本外し、「腹筋・腕立て」をして帰宅した。